「わーい、ブランコがあるー!」
いつも自転車の練習をしている公園とは違う公園に行ったときのことです。
娘は公園に着くと、ブランコを見つけました。
そしてそのまま、自転車を公園入口の道路に止めて走っていきました。
自転車には乗れるようになった。
公道でも少しずつ走れるようになってきた。
でも、そこで私は気づきました。
自転車に乗れることと、自転車で出かけた先まで考えて行動できることは、また別なんだな。
今回は、公園での駐輪と、もし自転車がパンクしたり動かなくなったりしたときの対応について、親子で考えた話です。
ブランコが見えた瞬間、自転車のことが抜けた
今回行ったのは、普段自転車の練習をしている公園とは違う場所でした。
娘は入口からブランコが見えると、
「わーい ブランコがあるー」
と、そのまま遊具へ。
自転車は、公園入口付近の道路に止めたままでした。
鍵もかけていません。
私はそこで初めて、
「あれ? 駐輪するところまで教えてなかったな」
と気づきました。
自転車に乗る練習では、
・まっすぐ走る
・止まる
・曲がる
・交差点を見る
・段差を越える
といったことを意識してきました。
でも、目的地に着いたあと、
「どこに停めるか」「人や車の邪魔にならないか」「鍵をかけたか」
までは、ほとんど練習していませんでした。
自転車に乗る技術だけでなく、「停め方」まで含めて考える必要があると感じました。
「早く遊びたい」が悪いわけではない
あとで娘に話をすると、
「早く公園で遊びたくて自転車置いていっちゃった。自転車壊れたり無くなったら悲しいから気をつける」
と話していました。
娘なりに、なぜ気をつける必要があるのかは理解できたようです。
ここで気になったのが、
「周りを見る力がまだ弱いのかな」
「空間認識の発達も関係しているのかな」
ということでした。
ただ、今回の一場面だけで「空間認識が未発達だから」と考えるのは少し単純すぎると思います。
私にはむしろ、
ブランコという強く興味を引くものに注意が向いたあとで、いったん立ち止まり、周囲を見る、自転車を適切な場所に停める、鍵をかける、という複数の行動へ注意を戻すことが難しかった
ように見えました。
「分かっているのに、その場では抜ける」ということも、子どもでは起こり得ます。
まず「周りを見る」、それから停める
そこで私は、
「いつか一人で公園に行った時は、まずは周りを見渡して、人や車が通って邪魔にならない位置に止めよう。そして、自転車が無くなったら悲しいから、鍵をかけて盾を作って自転車を守ろうね」
と話しました。
娘は鍵については意識できるようになりました。
ただ、その後も駐輪場所そのものまで気を配ることは、まだ十分ではありません。
ここは一度説明して終わりではなさそうです。
次に公園へ行ったときも、
「ここに停めたら歩いている人は通れるかな?」
「自転車はどこに置いたら邪魔にならないかな?」
と、その場で一緒に確認する必要がありました。
答えだけを覚えさせるより、実際の場所で一緒に考える経験を重ねた方が、今回の課題には合いそうだと考えています。
帰り道に見つけた、タイヤがつぶれた自転車
もう一つ気づいたことがあります。
公園の帰り道、パンクしているような自転車が止まっていました。
娘がそれを見て、
「タイヤが潰れてるけど、あの自転車は走れるの?」
と聞いてきました。
そこで私は、
「そういえば、自転車が動かなくなった時のことを教えてなかった」
と気づきました。
転ばずに走る方法や、車に気をつける方法ばかり考えていましたが、
パンクする。チェーンが外れる。自転車そのものが動かなくなる。
そんなトラブルもあります。
パンクしたら「乗り続けない」

私は娘に、
「パンクの時はそのまま乗り続けたらタイヤが潰れちゃうから、押して帰ってきて」
と話しました。
「自転車が止まったら呼びにいくね」
と娘。
少なくとも、
「壊れても無理に乗り続けるのではなく、大人に知らせる」
ということは覚えているようです。
ただし、ここは私自身の声かけも少し修正した方がよさそうです。
「パンクしたら必ず家まで押して帰る」と決めてしまうと、家まで遠い場合や交通量が多い場所では、別の危険が出てきます。
また、
「動かなくなったら道路の端っこに止めて」
とも話しましたが、道路の端ならどこでも安全とは限りません。
そのため、家庭で決めるなら、
「乗らない → 人や車の邪魔にならない安全な場所へ移動する → パパやママなど大人に知らせる」
くらいのルールの方が分かりやすそうです。
チェーンが外れた場合も、子どもだけで道路脇で直すことを前提にするのではなく、まず安全な場所へ移動して大人に知らせる。
修理の方法より先に、困った時にどう安全を確保するかを覚えてもらうことが大切だと感じました。
自転車に乗れるようになった「その先」に練習することがある
今回、娘は自転車に乗れなかったわけではありません。
公園まで走ることはできました。
でも、
公園に着いたらどこに停めるのか。
鍵はどうするのか。
自転車が壊れたらどうするのか。
こうしたことは、ペダルをこぐ練習だけでは身につきません。
私は理学療法士なので、どうしても自転車を見ると、
姿勢、バランス、ブレーキ、重心移動、視線
といった「動き」に目が向きます。
でも父親として今回気づいたのは、
一人で自転車に乗るためには、運動能力だけでなく、周囲を見ること、次に何をするか考えること、困った時に助けを求めることも必要
だということでした。
家庭で試すなら「短い約束」にする
今回の経験から、わが家でも今後は長い説明より、短い手順で繰り返した方がよさそうだと考えています。
公園に着いたら、
「とまる → まわりを見る → とめる → かぎ」
自転車がおかしいと思ったら、
「のらない → 安全な場所へ → 大人に知らせる」
このくらいなら、実際の場面でも思い出しやすそうです。
ただし、これは今後わが家で試していきたい方法で、すでに効果を確認できた方法ではありません。
娘は現在、鍵をかけることは以前より意識できていますが、駐輪場所まで周囲を見て判断することはまだ課題です。
まとめ|「乗れる」の次は、停める・困る・助けを求める
今回、公園に着いた娘は、
「わーい ブランコがあるー」
と、自転車を置いて走っていきました。
それを見て私は、
自転車に乗れるようになっただけでは、一人で安全に出かけられるようになったとは言えない
と気づきました。
駐輪場所を見る。
鍵をかける。
パンクしたら乗り続けない。
動かなくなったら、安全な場所へ移動してパパやママに知らせる。
どれも地味ですが、一人で行動するためには大切なことです。
そして今回も、一度説明しただけではまだ不十分でした。
娘が実際に公園へ行く中で、
「ここなら邪魔にならないかな?」
と一緒に考える経験を重ねていこうと思います。
自転車の練習は、乗れるようになったら終わりではありませんでした。
むしろそこから、少しずつ「自分で考えて使う練習」が始まるのかもしれません。


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